16年ぶりに、J1リーグでの対戦となる鹿島アントラーズvs東京ヴェルディ(元ヴェルディ川崎)の対戦の機会となった5月12日鹿島スタジアムでジーコ氏とのトークイベントに出演しました。
日本サッカーのプロ化、Jリーグの発展に貢献したレジェンドの話は、新旧のサッカーファンが時代を垣根を越えて楽しめる内容になっていたようです。
詳しくは、
ジーコさんとラモス瑠偉さんが対談 鹿島と東京V対戦にあわせ|NHK
日本に影響を与えた43年前の“真実” ジーコがもたらした転機をラモス回想「きっかけを与えてくれた」|FOOTBALL ZONE
ジーコさん、ラモス瑠偉さん、Jリーグを支えたレジェンドが裏側や秘話を披露|中日新聞
イベント情報
鹿島アントラーズ公式
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ラモスプロジェクトコーディネーター 角田壮監
KAKU SPORTS OFFICE
鹿島アントラーズジーコ氏とのトークイベント出演
【月刊ラモス】2024年4月号
ラモス瑠偉独自の視点でサッカーシーンを深掘りする月刊ラモス。
4月は、「引退表明の長谷部誠、日本サッカー界の功労者に感謝と期待「いつの日か日本代表を率いてほしい」
こちらから、お読みいただけます。
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ラモス瑠偉 オフィシャル プロフィール
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ラモス瑠偉 (日本名)
ルイ・ゴンサウヴィス・ラモス・ソブリーニョ
Ruy Goncalves Ramos Sobrinho
・愛称 カリオカ
・生年月日 1957年2月9日
・身長,体重 181cm・71kg
・出身地 ブラジル/リオ・デ・ジャネイロ/メンデス
・国 籍 日本(1989年11月帰化)
ラモス瑠偉 バイオグラフィー BIOGRAPHY←コチラ
1977年に来日。当時、日本サッカーリーグ(JSL)2部の読売サッカークラブでプレーする。1983年にJSL(1部)初優勝、翌年の連覇に大きな役割を果たした。JSLでは通算5回の優勝に貢献、1979年、83年には得点王、79年、89/90、90/91シーズンにはアシスト王にも輝いた。【JSL2部1977~】出場4試合5得点。【JSL1部1978~1992】出場210試合(歴代9位)得点69点(歴代3位)。
1992年のJリーグカップ、1993年にスタートしたJリーグでは、ヴェルディ川崎でプレー。1993年5月15日Jリーグ開幕戦に出場。1993年、94年にはリーグ優勝、リーグカップ勝者となり、94年サントリーチャンピオンシップでは芸術的なループシュートを決めた。
1989年に日本国籍を取得し日本代表となり、横山謙三監督の下、91年キリンカップで優勝。92年にはハンス・オフト監督の下、ダイナスティカップ中国大会、AFCアジアカップ広島大会、アジアアフリカ選手権で初優勝に貢献した。FIFAワールドカップ・アメリカ大会のアジア最終予選でも中心選手としてプレーし、「ドーハの悲劇」と呼ばれる無念の結果に終わったが、1995年にはアジア大陸代表としてコンフェデレーションズカップに出場。1997年にはビーチサッカー日本選抜を編成し、ビーチサッカー世界選手権(リオデジャネイロ)に出場。
サッカー選手引退後は、1999年にフットサル日本代表選手として第1回AFCフットサル選手権に出場。ビーチサッカー日本代表の監督として指揮を執り(2005年、2009~13年、2018年~)、AFCビーチサッカー選手権優勝3回、準優勝1回、FIFAビーチサッカーワールドカップ4位(2回)、ベスト8に2度導いた。
2006年にJクラブの監督として東京ヴェルディ1969(2007年J1昇格)。2014年〜2016年にはFC岐阜でも監督を務めた。また、東京ヴェルディでは2008年に常務取締役エグゼクティブプロデューサー、2020年3月に東京ヴェルディテクニカルダイレクターに就任。
2016年末に脳梗塞で生命の危機に陥るも奇跡的な回復と懸命のリハビリで復帰を果たす。
「FIVBビーチバレーボールワールドツアー2019 4-star 東京大会」大会アンバサダーを務めるなどビーチスポーツの発展にも貢献。
現在、競技活動以外にもパラ応援大使(パラスポーツ・バリアフリー応援大使)、コメンテーター、タレント、教育など様々な分野で活躍中。
・表彰・受勲
日本サッカー界、プロスポーツ界での功績を認められ日本プロスポーツ大賞・殊勲賞、Jリーグ功労選手賞、日本サッカー殿堂掲額者となる。
スポーツ、文化活動を通じた外交分野で功績が評価されブラジル政府からブラジル最高勲章の一つリオ・ブランコ勲章を受勲。
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ラモスプロジェクトコーディネーター 角田壮監
【月刊ラモス】2024年3月号
ラモス瑠偉独自の視点でサッカーシーンを深掘りする月刊ラモス。
3月は、「国立での北朝鮮戦、先制後に集中力が途切れた まずは目の前の戦いに全精力を傾けることが重要だ」
こちらから、お読みいただけます。
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ラモス瑠偉公認 アパレル 伝説のループシュート VINTAGE CULTURE BASE
ラモス瑠偉公認アイテム「伝説のループシュート」がオンラインショップ・KEY LEGENDから本日発売されました。
ラモス瑠偉公認アイテム・伝説のループシュート
ラモス瑠偉・伝説のループシュートについて
聖地・国立競技場伝説のループシュート・ラモス瑠偉氏の姿を語り継ぐ VINTAGE CULTURE BASE/ FOOTBALL COLLECTION
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J1リーグ浦和レッズ ホーム開幕戦 ・レジェンド福田正博氏とトークイベント出演
浦和レッズホーム開幕戦が行われる埼玉スタジアムにて、
レジェンド 福田正博氏との特別トークショー「レジェンドトークマッチ」に出演します。
明治安田 J1リーグ 浦和レッズホーム開幕戦。
浦和レッズvs東京ヴェルディ
浦和レッドダイヤモンド公式サイト試合情報
この対戦の前にJリーグ開幕時を牽引した福田正博氏とラモス瑠偉のトークをお楽しみください。
日時:2024年3月3日(日)13:55~14:40
会場:埼玉スタジアム・南広場
レジェンドトークマッチ情報
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THE 国立DAY ラモス瑠偉×木村和司 ~国立競技場に夢見る物語~《サタデーナイトJ》
2024明治安田Jリーグ開幕前。日本サッカーの聖地・国立霞ヶ丘陸上競技場で活躍した日本を代表する伝説の背番号10番の木村和司さんとの新旧国立競技場について語りました。
Tverで絶賛配信中。サタデーナイトJ|ラモス瑠偉×木村和司 ~国立競技場に夢見る物語~《スペシャル映像》
特別な場所で、特別な興奮を。
この言葉をスローガンにTHE国立DAYと題したJリーグのプロジェクトで
国立競技場開催のJリーグの試合が盛り上がることを期待しています。
出演者と制作スタッフの集合写真
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THE 国立DAY ラモス瑠偉×木村和司 国立競技場に夢見る物語 Jリーグ✖️FOOT BRAIN✖️サタデーナイトJ
Jリーグ✖️FOOT BRAIN✖️サタデーナイトJ
ラモス瑠偉×木村和司〜国立競技場に夢見る物語〜
を配信いたします。
Tver サタデーナイトJ
ネットもテレ東
テレビ東京公式Youtube
31年目を迎えるJリーグが開幕しました。
2024シーズンは、東京オリンピック2020のレガシーである国立競技場での試合が13試合。
Jリーグでは、「特別な場所で、特別な興奮を。」をスローガンにTHE国立DAYプロジェクトとして展開します。
THE 国立 DAY オフィシャルサイト
ラモス瑠偉は、THE国立DAYプロジェクトのプロモーションをサポート。
今回は、KAKU SPORTS OFFICE角田壮監の企画監修のもと、 サッカー中継のパイオニア的存在であるテレビ東京が制作するプロモーションムービーに日本サッカー界のレジェンド・木村和司氏と出演。日本サッカーの聖地・国立霞ヶ丘陸上競技場の名勝負、名場面のひとつである1993年5月15日Jリーグ開幕戦のヴェルディ川崎対横浜マリノスの思い出を語るとともに、後輩Jリーガーたちへ国立競技場でプレーすることの素晴らしさや、ラモス瑠偉、木村和司さんが現役選手として持ち続けていた使命感などをお伝えしています。
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ラモスプロジェクトコーディネーター 角田壮監
KAKU SPORTS OFFICE
月刊ラモス 2024年2月
ラモス瑠偉独自の視点でサッカーシーンを深掘りする月刊ラモス。
2月は、アジア杯、言われなきゃできない指示待ちサッカーになっていなかったか?足元を見つめ直す時
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AFCアジアカップ日本代表初優勝をラモス瑠偉の姿を語り継ぐ VINTAGE CULTURE BASE
広島の歓喜・AFCアジアカップ1992日本大会 日本代表初優勝
1992年11月8日 日本・広島。
アジア大陸王者を決めるアジアサッカー連盟・アジアカップ92日本大会決勝戦。
日本代表はサウジアラビア代表に勝利し初のアジア王者になります。
それは、日本プロサッカーリーグ開幕前年、そして「ドーハの悲劇」以前の出来事です。
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